茨城県水戸市に、ゆうあいキッチンという障害者就労継続支援B型事業所があります。ここで取り組んでいるのはお弁当の製造。官公庁を中心に積極的な営業展開を進めていて、弁当製造事業だけで年間で4,900万円という数字を達成しています。月額平均工賃も、45,000円という県内トップのハイレベル。障害者の事業所が取り組む弁当事業の多くはほとんどが事前予約制をとっていますが、ゆうあいキッチンは予約以外の対面販売にも力を入れています。とくに茨城県庁の全フロアに毎日、利用者たちがスタッフとともに専用ワゴンに弁当を載せて販売する姿は、お馴染みの光景ともなりました。
これだけの大量かつ多品種の弁当を製造販売するとなると、朝の製造現場は殺気だった雰囲気になりがちです。しかし、ゆうあいキッチンの現場はけっしてそんなことはありません。それは数年前に導入された「タスカルカード」という業務共有システムのおかげだと、藤澤利枝理事長は語っています。売上向上とともにどんどん作業が煩雑化していくと、現場は殺伐としていきます。ゆうあいキッチンでさえ、システム導入前は仕事の手順がうまく飲み込めない利用者に厳しい声で注意してしまう光景が日常茶飯事でした。きつく言われると彼らは自信を失い、仕事への意欲も低下してしまいます。現場の深刻な状況に気付いた藤澤さんは、さっそく改革を決意したのです。
「テーマは、利用者たちが楽しく働ける職場を作ることでした。『高い工賃、働く喜び』を運営理念としてきた私たちが、売上を上げることにこだわるあまり、働く喜びとはまったくかけ離れた職場環境を作り出していたのですから、本末転倒でしょう。できないことをしかる職場ではなくて、『わかる』職場を作ろう。わかりやすくすれば、きっとみんな仕事ができるようになる。仕事ができたら、褒めるような職場。そんな職場だったら、みんなが楽しく働けるはず。それが本来、利用者のために私たちがやるべきことだと気付いたのです」
そこで考え出されたのが、タスカルカードなのでした。問題の根本は、情報を共有できていなかったことにあります。複雑な仕事も、一つひとつを分解し、作業内容と順番と総量がわかるようにできれば、自分で管理して自発的に仕事ができる職場環境が生まれるのではないか。そのためには、仕事内容全般をカード化し、可視化してみよう。カードにはすべてわかりやすいようにイラストを付け、自分が1日にやるべき仕事が、カードを並べることによって把握できるような仕組みを作ったのです。
効果はてきめん。それぞれが一日にやるべきことはすべてカードとして貼ってあおきます。(カードは、各自が前日に自分で並べるため、それが予習ともなる)一つのタスクが終わると、カードのヨコに赤磁石を置くのがルール。そして次のタスクに向かっていく......。利用者たちから、『次に何をすれば良いですか?』という質問は少なくなくなり、それぞれが自主的に動けるようになりました。
変わったのは利用者だけではありません。支援に対する職員の姿勢も変わってきた。利用者たちのあらゆる動きを見て、頑張ったときには褒めてあげる。できないことを叱るのではなく、できたことを褒めるような支援をしていこう。藤澤さんが理想とするそんな考えを、仕組みをつくることで職員たちが自然と実践できるような職場に変化していったのです。結果的に、売上がどんどん上がって作業手順が複雑になっても、みんなが意欲を持って楽しく働ける今の職場が誕生したというわけです。
タスカルカードのシステム詳細については、みずほ財団の助成によって作成した「タスカルカード ─皆が笑顔で働ける仕組み─」という冊子に詳しく解説されていますので、そちらをご覧いただくことをお勧めします。利用者たちが一つのタスクを見事に果たした場合には、職員が「頑張ったね!」と言う意味のゴールドお花をつけるようにするシステムなど、実際の運用法も解説されています。
http://www.you-i-mura.com(ユーアイ村)(現在、PDF版がユーアイ村のホームページからダウンロードすることが可能)。
障がい者就労支援施設(とくにB型)において、いかに高い工賃を実現していくかという議論が何十年前からずっと行われています。そんな時、必ず出てくるのが「工賃向上にこだわるあまり、利用者支援を怠っていいものか」という福祉施設ならではの考え方。しかし工賃向上と利用者支援の二つは決して相反するものではないことを、ゆうあいキッチンの事例から学ぶことができるでしょう。