2014年に日本テレビ系列で放映されたドラマ「明日、ママがいない」。天才子役・芦田愛菜と鈴木莉央の二人による初の競演。そして児童養護施設を舞台とした社会派ドラマ。ヒットメーカーの脚本家・野島伸司の監修…等々。制作段階からすでに話題満載のドラマでしたが、いざ放映されてみるとまったく違った観点から世の中を騒がすことになりました。ドラマの作り方が「児童養護施設の子どもたちに対する偏見を助長する」として、児童養護施設関係者からの批判が続出。ついに全国児童養護施設協議会からも、内容の変更や放映中止を求める正式な記者会見が行われたのです。今回は、この問題について「福祉広報」という視点から考えてみたいと思います。
ドラマを批判する人たちの主張は、主に次のようなものでした。
①芦田愛菜演じる主人公が、自らの名を「ポスト」(子どもの頃、赤ちゃんポストに預けられたため)と名のっている。これは、実際に赤ちゃんポストに預けられた子どもたちに対する差別表現につながるのではないか。
②施設長が子どもたちのことを「お前たちは、ペットだ」と毒づき、飼い主(里親)にかわいそうと思ってもらうような泣き方を強制されるシーンがある。実際には、施設であのような行動を取ることはあり得ない。
③全体的に、施設で暮らす子どもたちへの配慮が欠けている。視聴者の誤解と偏見を呼び、彼らの人権を侵害しかねない。
こういうものを私は、「福祉関係者による正しい批判」と呼んでいます。正しいというのはもちろん、皮肉を込めた言い方です。聖職に関わる自分たちこそが正義であり、それを少しでも否定する者が現れると、徹底的に排除しようとする考え方。福祉の専門家によって行われる抗議であるために、メディアも含めた一般の人たちに与える効果は絶大です。全国児童養護施設協議会が全国社会福祉協議会(全社協)にておこなった批判会見のニュースを聞いた人たちは、まるで水戸黄門の印籠を目にしたように「ハハアー」とひれ伏してしまいました。これを受けて著名なジャーナリストまで「番組の即刻中止を求める」意見を、しつこいくらいに発信していたのには呆れてしまったよ。
このクレームに対するテレビ局&番組制作スタッフ側の反応は立派でした。「批判は真摯に受け止め、内容には細心の注意をはらっていく」としながらも、基本的には要求された番組の中止や台本の変更は一切なし。「ドラマは子どもたちの心根の純粋さや強さ、たくましさを全面に表し、子どもたちの視点から『愛情とは何か』を描くという趣旨のもと、子どもたちを愛する方々の思いも真摯に描いていきたい」という考えを貫きました。むしろ過敏に反応してしまったのが、スポンサー。体面を気にするあまり、次々と社名提供表示を中止していきます。ついにはコマーシャルなし(ACジャパンの公共広告にすべて差し替え)という異常な形で、ドラマは継続されることになりました。
本稿のテーマは、あくまで「福祉広報」という視点からこのドラマを考えるということ。そのため内容に対する批判について、細かく反論するつもりはありません。ただ一つ言わせていただくとしたら、このドラマの本質は「親から捨てられた子どもたちが、強い意志で幸せを求めにいく姿」を描くことであって、児童養護施設の実態を暴露するドキュメントではないということです。「あの描き方は、現実とは違っている」「施設職員は、こんな暴言を吐いたりしない」「施設の子どもたちが差別されないように、こういう表現は慎むべきだ」…等々、福祉がテーマとなったドラマや小説にはいつも同じような「正しい批判」が関係者から寄せられます。しかし、批判の矛先を完全に間違えている。自分たちの活動が本来めざしているものは何なのか、もう一度改めて考えていただきたいと思います。
今回の反応と対局だったのが、「ナースのお仕事」が映画になったときの日本看護協会の対応でしょう。観月ありさが朝倉いずみというドジなナース役を好演し、何度もシリーズ化された人気ドラマです。コメディとはいえ、主人公の行動には観ていていつもハラハラさせられっぱなし。「ナースがこんな行動をするわけがない」という批判がいつ起きてもおかしくないような内容でした。しかし何と、ドラマが映画化される際には後援団体として日本看護協会が名乗りを上げ、実際に宣伝ポスターが日本全国の病院内で貼られたのです。
多分、病院関係者の間ではドラマに対して批判的な人たちも少なくなかったと思います。それにもかかわらず、看護協会は映画の宣伝に協力した。それは、「ナースのお仕事」というドラマが、実際に看護師に憧れる子どもたちの数を圧倒的に増やすことに貢献したためでしょう。いつも失敗ばかりするけれど、患者さんのために奮闘する主人公の明るくひたむきな姿。どんなに正攻法で「看護師という仕事のやり甲斐」を訴えるよりも、映画を観て楽しんでもらう方がよほど看護師求人の役に立つ。日本看護協会の広報部は、そう判断したに違いありません。
「明日、ママがいない」というドラマに対して、なぜ児童養護施設の関係者たちは同じような発想ができなかったのでしょうか?「施設はこんなにひどいところではない」と訴えるヒマがあったら、「親から虐待されている」という児童相談所への通報が、1年間で40,000件を超えてしまった現実(あくまで通報数であって、実態はその数倍にも及ぶでしょう)を、もっと世の中に知らせていただきたい。実の親から虐げられるという、子どもたちの悲痛な叫び。たくさんの人にその声を届けるためには、メディアの力をもっと積極的に活用すべきなのです。児童虐待の現場に向き合っている専門家たちがやるべきことは、ドラマの批判ではなく普及であるべきでした。
CSW(コミュニティソーシャルワーカー)の活動をテーマにしたNHKドラマ「サイレントプア」(主演:深田恭子)は、今や解説本付きのDVDとなって、各県の社会福祉協議会で地域福祉の勉強会教材として活用されているそうです。児童虐待防止法が改正された今、もう一度「明日、ママがいない」が訴えている内容について、関係者たちに見直していただきたいと思います。児童虐待という難しいテーマを考える上で、これほど格好のものはないはずです。ケチのついたドラマだと恐れずに、むしろ各地で上映会が開催されてほしい。このまま再放送もされず、DVDも発売中止の状態にしておくにはあまりにもったいない。自閉症児を描いたドラマ「光とともに」(主演:篠原涼子)と並ぶ不朽の名作であると信じるだけに、私は強くその再上映を望むのであります。
(現在、日テレオンデマンドのサイト上では有料視聴することができるようです。関心がある人には、ぜひ一度見ていただきたいドラマです)
◎日テレオンデマンド「明日、ママがいない」