ロシア語通訳者による不破理江さんの著書『セルツェ(心)』が、無事に完成しました。ロシア人軍医と、択捉島民だった山本昭平さんの友情を、聞き書きによって短編小説のような形に仕上げた作品です。作者の不破さんは、山本さんが故郷を自由訪問で訪れたときの通訳者。山本さんから昔の思い出を聞き、素晴らしい話の数々を書籍にしたいと、自費出版による書籍化を決意。11年にわたる取材の後、やっと完成したのが本書というわけです。
しかし完成間際で、とんでもない事件が起こります。制作を依頼していた岩波ブックセンターが、突然倒産してしまったのです。すでに校正作業まで終わっていたために、代金は先入れ金として支払ったばかりでした。破産管財人から届いた書類は、「破産法53条4項により、貴殿と結ばれた業務請負契約を解除いたします」という冷たい一枚の通告書のみ。代表取締役からのお詫び状も、何もありません。私たちは直接不破さんとやりとりしていた立場として、このあまりに冷酷な態度に憤りをおぼえました。
仮にも岩波の名前を冠して事業を行っていた企業が、個人の大切なお金を横取りして店を閉じてしまうなど、あってはならないことではないか。法的にはともかく、私たちにも道義的な責任を感じます。自分たち自身も当時は制作スタッフとして請負契約を結んでいた立場なので、倒産によって多大なる債権者の一人となりました。しかし、それとこれとは別物です。お客さんには関係ないことですし、迷惑をかけるわけにもいきません。そこで愚かなことだとは思いましたが、自分たちで印刷代を負担して、書籍を完成させたというわけです。
不破さんが安堵されたのは言うまでもありません。長い時間をかけて書きためていた作品が本という形にする。その喜びは、何物にも代えがたいものがあります。私自身、一人のライターとして書籍への思いをわかっているからこそ、破産管財人たちからは「バカなヤツ」と思われても、制作をやめるわけにはいきませんでした。本来は、それが岩波ブランドに関わる人たちのプライドだと思うのですがね。
そして、その一冊が、北海道新聞社の記者の目に留まり、こんなに大きな記事で紹介されることになったのです。さらに最新情報によりますと、なんと今度は、全文が北海道新聞に連載の形で掲載されることになったそう。不破さんの思いが、ついにここまで大きな舞台で羽ばたくことになったのです。そのお手伝いを少しでも出来たと思うと、私のバカな行為も無駄にはならなかったのかな(笑)。
自費出版の制作という仕事には、こんな喜びもあるのです。