「月刊福祉」の取材で、障害者平等研修フォーラムという団体に行ってきました。この団体では、障害のある当事者自身が進行役となり、対話型のワークショップによって社会にあるさまざまな差別などの「障害」を見抜く力を育てる研修を専門に行っています。『障害は個人ではなく、社会の側にある』という社会モデルの考え方を世の中に広めるためにヨーロッパで広まっている研修方法であるDET(Disability Equality Training)を、日本で実践している唯一の団体です。
障害研修というと、一般的には車いすに乗ったり、アイマスクをする「障害の疑似体験」を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかしこうした研修と、DETは根本的に考え方が異なっていると、久野さんは説明します。
「疑似体験によって学べるのは、機能障害の内容そのものと、介助方法などでしょう。私たちがめざしているのは、障害者ゆえに受ける差別や排除をなくすことなのです」
DETの冒頭では、必ず「I am you(私は、あなた)」というタイトルのビデオが流されます。内容の概略は、次のようなものです。
主人公の男性が物思いにふけっていると、突然、不思議な異次元の世界にワープしてしまう。
そこは、見たこともない世界だった。まわりには障害のある人たちだけが暮らしている。タクシーに乗ろうとしても、健常者である彼の前で止まる車はない。バス停では、「付き添いの方がいなければダメ」と冷たく拒否される。レストランに行くと、「1人で入ってくるなんて、非常識」という冷ややかな視線を浴びてしまう。訪問先の受付嬢は手話と点字でしか案内してくれず、コミュニケーションが成り立たない。つまり彼は、障害のあることが当たり前という真逆の世界に迷い込んでしまったわけなのだ……。
このビデオが示しているのは、「もしも社会のスタンダードが変わってしまったら?」というシニカルな問いかけです。研修はこの後、障害者が描かれたイラストを活用して「障害はどこにある?」という演習へと進んでいきます。少人数のグループワークを通じて「じゃあ、どうする?」「現状の課題と、私がやる行動」等を語り合う。ビデオやイラストで示された問題点を分析しながら、ファシリテーター(進行役)の誘導により、参加者は自然と「障害は社会の側にある」という意識を獲得していくのです。
研修フォーラムが進めるDETのもう一つの特色が、ファシリテーターたちが全員、障害のある当事者である点でしょう。彼らが進行役となるからこそ、当事者の声を聞きながら社会環境を変えていこうというテーマが際だってきます。ここでは障害者は要支援者ではなく、参加者の議論をリードするまとめ役。まるで冒頭に見せたビデオのような逆転の世界で、あるべき世界に向けた議論が戦わされていくのです──。
障害者平等研修という名前だけを聞くと、なにやら理屈っぽい人たちが人権について語っていく難しい研修だと誤解されがちです。しかし実際に取材してみると、とんでもないことでした。
話を聞くうちに、現在、各地の自治体や社協で開催されている福祉教育の方にこそ、問題があると思いました。というのも、その多くはシミュレーション型(疑似体験)のものであり、障害者への理解や愛情を訴えるだけで終わっています。極端な話、「自分には障害がなくて良かった」という逆差別の感情を生んでいるわけです。
マイノリティに対する差別や排除をなくすのは、自分たちの考え次第。そんな福祉教育を実施するためにも、自治体や社協でももっと積極的にDETを取り入れてほしい。研修フォーラムのファシリテーターたちの訴えに、とても共感して取材を終えた私でありました。